「問題はさ、それがいつなのかってことだ」
言って、男は笑う。
「それさえわかれば、君が違うっていうのは信じるよ。あぁ、信じるとも。否定根拠がないからね。この国の法じゃ、クロじゃないグレイはシロになるからね」
言って、男は嗤う。
「だから俺は君を殺さない」
言って、男は首をつかんだ。
指がきりりと食い込んだ。
小さく声を上げた。
男は、にたりと笑って手を放した。
「君は知ってるはずだ。それがいつなのか」
彼は悠然とつづけた。
否定すると、またきりりと首を絞めつけられた。
「知ってるはずだ」
少しの猶予を許そうとしない、低く張りつめた、縛り付けるような声。
答えられない。
知らないのだから。
黙り続けていると、男はやれやれと首から手を放した。
「君も強情な人だ。そうやって頑固で居続けると、いつか誰かに殺されてしまうよ?」
脅しじみた言葉だった。
男はパンと手を打った。
「さて、それはさておき。君には少し俺の話を聞いてもらいたい。なに、そう長い話じゃないから、すぐに理解できると思うよ」
男はにっこり笑ってこちらをみた。
「本当に簡単な話だ。まずひとつ、俺は昨夜君には会っていない。俺は行きつけの店でダチと一杯やってた、そういうことになってるんだ。これは理解できるよね?」
男はまた、話を区切るようにパンと手を打った。
「そしてふたつ、君は今朝死んだ」
返事をしないでいると、男はまた困り果てたような顔をした。
「そう難しい顔をするなよ、簡単な事だろ? 君は今朝死んだ、そう言ってくれればいい。それでコトは済むんだ……」
男はまた笑った。
「ただ、俺は知りたいんだよ。君が、本当はいつ死んだことになるのか」
男がこちらに手を伸ばして、胸元をトンと叩いた。
「君のこの体が、いつ、壊れたことになるのか、それが知りたいんだ。それさえ分かれば後はもう大丈夫。俺は君を罰しない。君が俺を陥れるんじゃないかと疑うこともない」
男は笑う。不釣り合いで不気味なほど優しく。
「君は知っているはずなんだ。君が、いつ死んだか。それを教えてほしいんだよ。じゃないと、俺のアリバイに矛盾が生じるかもしれないからね。予防できるミスは最大限予防しておきたいんだ」
男はまた手を伸ばした。
また、首をつかまれた。
「さぁ、いうんだ」
キリキリと、また、首が絞められる。ぷつりと肌が破けて、とろりと血が流れる。
「君は、いつ死んだんだ?」
小さく息が口から洩れた。
目の前が遠くなる。
上から、ぐらりと黒いものが落ちてきた。
あ、と思った。
次の瞬間。
男は、棚の下敷きになって殺された。
「問題はさ、それがいつなのかってことだ」
そう言って、笑ってみせた。
目の前には、椅子に縛り付けられた男が一人。
「知りたいんだよ。正当防衛を完成させるために。お前の死亡推定時刻を」
首を掴んで、締め上げて、訊く。
「俺を殺しに来たお前が、罠にかかって押しつぶされたとき、最後に見た時計は……一体、何時だった?」
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